Days of "dancin' in the vein"
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夏になるとフリッパーズギター聴きたくなりますよね(他に引き出しない・笑)
ラクリマも、夏になると無性に聞きたくなります。
海とか船とかってワードが多いからだろうな。ベタに「南国」とかね!(笑)
ビジュアル系って、爽やかな青空の下よりは薄暗い地下室的なこと歌う人が多いせいか、
あんまり開放的な夏のイメージとかあるバンドないんだけど、
その点ラクリマは、世界観が開けてたんでしょうね。引きこもり感はあんまりなかった。
ところで、このあいだ夢に出てきた「もちのかみ」。
もちろん、夢の中に出てきただけで、意味は全くさっぱりだったんですけども、
そんな神様(?)ほんとにいるのかなあと検索してみたところ、
それっぽい名前の神様は何人かいらっしゃることが判明!
佐比持神(さひもちのかみ)
大宰帥(おおみこともちのかみ)
Wikiとか調べたら、なんか結構面白かったです。
そっか、ワニだったのか(笑)
実家にいた。
二階の自室のベッドに寝転がって本なぞよんでいたが、
夜も更けたのでそろそろ寝ようと思い、
その前にトイレに行こうと立ち上がった。
階下では、兄が風呂に入っている音がしている。
兄はいつでも深夜に風呂に入る。
階段を降りようとしたら、
1階の居間で寝ている母が出て来て、ちょうどトイレに行こうとしていた。
降りてくる私に気づくと、「先に使こてええよ」と言う。
居間からは煌々と灯りが漏れている。
いつも二階で寝ている父もなぜか起きていて階下にいる。
台所へ行くと、洗濯機が置いてある裏庭の部分に、
四畳半程度の小さな部屋がいくつも縦に並んで奥まで続いている。
部屋と部屋の間には襖があるがすべて明け放されているので、
まるで廊下のようだ。
それぞれの部屋には布団がひと組づつ敷いてあるが、人の気配はない。
居間の母が「もちのかみ」の話を始める。
どうやら落語の筋らしい。
怪談だが、ユーモラスな落ちがある話だ。
母の話す声を聞きながら私は、
廊下のように連なる四畳半の部屋を奥へ奥へと進む。
6~7部屋は過ぎたあたりで、ようやく突き当たりが見えた。
最後の部屋は、うすい襖で閉ざされている。
襖には、鳥獣戯画めいた落書きのような絵が描かれていて、
その脇に文字も添えられている。
それを左右に開くと、すぐまた同じように薄い襖があって、
やはり同じような絵と文字が描かれていた。
さらに開くとやはり襖。絵と文字。
まるで絵本の頁をめくるように、襖を開けると続きが読める仕掛けらしい。
そうか、これが母の話している「もちのかみ」の話か。
3枚ほど襖を開けて、さらに手をかけようとしたら、
何かに弾かれたように、私は突然ふっとばされた。
きれいに、後ろむきにでんぐりがえりをしてしまう。
部屋の中には布団が引いてあるので、どこも痛くはなかった。
ずっと後ろのほうになった居間で、母が笑っている。
「それが“もちのかみ”や」
どうやら私は話のオチを、実演したらしい。
しばらく呆然としていたが、気を取り直して、最後の襖を開けた。
するとようやくガラスの引戸が現れて、縁側らしきものが見える。
ガラス戸を開けると、ちょうど向側に、同じような縁側があって、
浴衣を着た若い母親と、幼い子供が二人、そこで涼んでいた。
目が合う。
でんぐりがえりをしたばかりの私の髪はボサボサで、
着ていた着物も乱れていた。
しかも時間は深夜だ。
私は慌てて自分の様子を取り繕い、怪しまれないようにと愛想よく会釈した。
裏の家には狂女が住んでいるなどと噂になってはたまらない。
二人いた子供の小さいほうが、ニコニコと笑いかけてくる。
私はやはり愛想よく笑みをかえし、
ちょっと深夜に目が覚めて縁側に涼みに出たけどもう寝ようかなというふりをして、
襖を閉め自室に戻った。
子供の頃、極端に怖がりだった私は、夜に一人で二階に上がることができなかった。
兄か母についてきてもらわなくては、自分の部屋にすら入れなかった。
今は大人だから、1人で真夜中でも起きていられる。
だがもし、怖いと思ったら、母を呼びにいき、その膝にすがるだろう。
四十を越えて、まだ母親に甘えようとしている。
「母は強し」という言葉が浮んだ。
きっと私が独身で、子供がいないのがいけないのだろう。
守るべき子供がいれば、己れの感じる恐怖より、
怯える子供を守らなければという強さが勝るはずだ。
私にはそれがいないから、いつまでも子供のように誰かに甘えようとする。
階段を、父が二階に上がってくる足音がした。
自分の部屋のドアを開きっぱなしだったことを思い出し、慌てて閉めた。
高校生くらいまでずっと視力は左右とも1.5あって、
(小中学生の頃は2.0のこともあった・笑)
その後ずるずると下がり続けたものの、0.7くらいはキープしてたんだけれど、
年とともにか、パソコン文化の普及による仕事の変化ゆえか、
さらに0.3~0.5まで下がり、
ついに初めてのメガネを作ったのがもう5~6年前くらい?
それがこの数ヶ月で、また急激に下がってしまい、
ちょっと心配になって眼科に行ったのが6月。
以来ちょこちょこ通ってますが、
病気とかではなく単に視力低下の原因は「眼精疲労と老化」と言われました(苦笑)
そっか、老化ね・・・。
とりあえず、今使ってるメガネの度がすでに合ってないということだったので、
処方箋出してもらって、新しいメガネを作りに行きました。
かければ1.2くらいまで見えるはず!
基本的に日常生活は裸眼でも送れる程度の視力なので、
メガネはもっぱら、映画の字幕やライブ用です。
まあ最近はテレビもクリアに見たい場合はメガネかけて見ますけどね。
「目の保養」という言葉を頻繁に使いますが、
映画、読書、美術、どれも「見る」ことが主要な娯楽だけど、
やっぱあと基本的に面食いなんで(笑)、
目から入ってくる情報に依存する傾向が自分は強いんだろうなあと思います。
まあ味覚や臭覚に較べたら、現実的に欠損して一番困るのは視覚ですし。
やっぱ目は大事にしたい。
たまにはこの日記も書かないとあれなので、久しぶりにテレビで見た映画など。
『世にも怪奇な物語』(1967)フランス
エドガー・アラン・ポーの短編を、
ロジェ・ヴァディム、ルイ・マル、フェデリコ・フェリーニの3人が
それぞれ監督した豪華オムニバス。
ロジェ・ヴァディムの「黒馬の哭く館」は、
『バーバレラ』と同じくジェーン・フォンダ主演で、
これもう監督が彼女に色んなコスチューム着せて喜んでるだけじゃないの?っていう、
趣味まるだしで、かなり素敵でした(笑)
ルイ・マルの「影を殺した男」は、唯一原作に思い当たったんですが、
原題「ウィリアム・ウィルソン」で、一瞬のドッペルゲンガーもの。
アラン・ドロンのドSっぷりがたまらない(笑)
ブリジット・バルドーもセクスィ。
フェリーニの「悪魔の首飾り」はかなり大胆にアレンジしてあったんじゃないかと。
テレンス・スタンプが怪演でした。
あとは映画館で見損ねてた『ヤギと男と男と壁と』は、
ユアン・マクレガーにジョージ・クルーニーにケビン・スペイシーという
豪華キャストで、ふざけまくった超能力ものですが、
期待してたほどには面白くなかったかなあ。
ユアンを使ってジェダイだのダークサイドだのって言わせるのは、
マニアックな楽しさでしたが。
今さらだけど地上派初の『ダークナイト』は、
やっぱりヒース・レジャーのジョーカーが凄かった。
『モーリス』は、すっごく昔に見たのだけれど、BSでやってたので録画待機。
この頃のヒュー・グラントがすごく好きだったのです。
初期の、バイロンを演じた「幻の城」とか、ケン・ラッセルの「白蛇伝説」とか
耽美なヒューはすごく良かったなあ。
今はロマコメのイメージばかり強くなって残念。でも好きだけど(笑)
ちなみに最近の新作で見たいなと思ってるのはコレ
『少年は残酷な弓を射る』http://shonen-yumi.com/
音楽がレディオヘッドのジョニーで、主演がティルダ・スウィントン。
しかも息子役の子がすごい美形(笑)
あまりにもここに書くのをさぼっていたら、
シノビツールさんから半年更新ない日記は削除する制度になったよ!とお知らせが届いたので、
とりあえずなんでもいいから更新しとこうと思って顔出しました(苦笑)
dayzでやってることを普通にブログにすればいいだけなんだろうけど、
なんか違うんだよなあ、自分の中で・・・(つまり結局ブログ文化に馴染めてない)
ところで今年1月に、テオ・アンゲロプロス監督が亡くなったので、
文芸座でも追悼特集をやっていましたが、いかんせん1作あたりが長時間で、
なかなか仕事帰りに行くのが難しく、
来月かな、早稲田松竹でも特集してくれるみたいなので、そっちはちょっと頑張ってみたい。